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■私と音楽

恵まれた音楽環境に改めて感謝

そろそろ書くことが無くなってきたので、僕の恵まれた音楽人生を振り返ってみよう。

僕はギターを父親の影響で始めたけど、一般的にはどんなキッカケでギターを手に取る人が多いんだろう。

「カッコいい」が大半

検索してみると、「カッコいいから」という理由で始めたケースが大半。やはり、ギターには問答無用のカッコ良さがあるんだ。

以下、まとめるとこんな感じ。

  • カッコいいから
  • 家族が弾いているから
  • モテたいから
  • アニメ(けいおん)の影響

まぁ予想通り。

僕に関しても家族の影響だから、よくあるパターンだったわけだ。

環境が味方してくれると音楽は加速する

僕は、クラシックギタリストの父の影響でギターを始めた。父がギタリスト(プロではないけど)という時点で、音楽人生はスタートダッシュだったわけだ。

小学5年生の時に、父と軽トラに乗って”初めてのギター”を買いに行ったことを思い出す。1本目のギターはミニサイズのクラシックギターだった。父からギターを教わったことは無いが、教本を買ってもらって最初に弾けるようになった曲は「四季の歌」だったな。

中学生になると、ギター仲間ができた。音楽仲間が近くにいるというのは非常に刺激になる。目標でありライバルだ。ひとりだったら辞めていたかもしれない。「ギターを弾いている」という共通趣味が人を引き合わせるんだな。

高校もいっしょ。ギターや音楽を中心に仲間ができた。同世代の仲間というのは気楽でいい。音楽が身近にあることが当たり前だと、無意識でギターに触れるし、音楽中心のライフワークが馴染んでくる。環境ひとつで人生というのは大きな可能性が開く。

こうやって音楽に囲まれた10代を送っていると、「自分はプロミュージシャンになれるんじゃないか」と錯覚するわけだ(笑 プロを目指して上京するという鉄板ルートを歩む。

環境が悪ければ作ることができる

世の中ってもんがわかっていなかった若かりし頃は、「東京に行けばなんとかなる」と思っていた。環境さえ良ければ、チャンスさえあれば!と盲目的に東京を目指した。

結果的に、上京志向があったのはよかったと思う。地元を離れたことで、地元を見つめなおすことができたから。年取ってから「俺は東京に行きさえすれば大成してたんだ」なんて言いながら暮らしていくのはみっともない。若モンは一度は田舎を離れてみる人生も大いにアリだと思う。

東京で夢破れて地元に帰ってきた僕を待っていたのは、新しい環境だった。田舎の音楽事情というのはけっこう真っ新(まっさら)だ。要するにやる気さえあれば、自由に音楽出来る。これに気づけたのは東京での失敗があったからだろう。

視野が狭いと、目の前にある環境をうまく活かせない。失敗して学んでから、同じものを見つめなおすと、新たな視点からチャレンジできる。田舎なんてチャンスばかりだ。唯一難しい面があるとすれば、田舎の人は新しいことに慣れていないこと。とはいっても、そこは情熱でカバーできるし、いい音楽を続けていればそれで大丈夫だ。

環境は作ることができる。作る術は、自分で失敗して学ぶしかない。

恵まれた音楽環境

田舎の方がとか都会の方がとか、そういう目線で物事を見ると本質を失う。僕の場合、両方見てきたからこそ、自分に合った音楽活動を見つけられたわけだ。1度や2度、挫折をしてからが本当の音楽活動なのかもしれない。

好きな事って、数度の失敗・挫折じゃ諦められないし、音楽って”辞めよう”って辞めるもんでもないしね。

自分自身の音楽環境が「恵まれている」と認識したのは、音楽仲間たちが僕の音楽環境をうらやむからだ。「タダで歌える場所があっていいね」「機材をいっぱい持ってていいね」「大音量で練習出来ていいね」「たくさんライブに呼ばれていいね」「お客さんが来てくれていいね」。そう、僕が普通にできていることって、なかなかできることじゃないんだなと。

そういわれてみると、改めて自分の恵まれた音楽環境に感謝する気持ちも強くなる。もちろん自分だけのちからじゃないのはもちろんだけど、音楽に対して真剣に取り組んできた自負がある。

真面目にやるだけじゃ、たどりつけない。そこには感覚やストーリーといったちょっとしたヒントがあるように思う。そんなことをこのサイトで伝えていければと思います。